- 失業や仕事の減少 会社の倒産、解雇・雇い止め、日雇い仕事の減少
- 病気やけがによる就労困難 身体的・精神的な不調、医療費や生活費の負担
- 家族関係の変化 離婚、家族との不和、頼れる親族がいない
- 住まいを失うこと 家賃が払えなくなる、住み込みの仕事を失い住居も同時に失う、賃貸契約ができない
- 高齢化や社会的孤立 退職後の収入不足、年金がない/少ない、身寄りがなく支援につながらない
「頼れる身内もおらず路上生活になってしまいました」
30代後半までのほとんどを北海道で過ごしていたんですが、警備員の仕事やタクシーのドライバーなどの仕事を転々とするなかで、仕事ができなくなって…。というのも、てんかんの症状があり、仕事中に意識を失ってしまうことがあって。自分ではそのことにも気づかないのに周りから「今、寝てたぞ」と言われてしまう。それで上司からの当たりも強くなり、対人恐怖症のようになってしまったんです。 当時、両親は他界していて実家に1人暮らしをしていましたが、頼れる身内もおらず路上生活になってしまいました。
「住所を構えて仕事を探すという選択肢がありませんでした」

20代前半で東京に出てきたときに、上野でいきなり日雇い労働の声をかけられてから、ひと月の半分以上は飯場で暮らしていました。 仕事が終わるとまた上野に帰ってきて、街でサウナに泊まったり、ウロウロしているとまた次の仕事の声がかかったりという生活を繰り返していく中で、住所を構えて仕事を探すという意識がそもそもありませんでした。 それでも景気が良いときはなんとかなっていたけど、そのうち賃金が下がったり、資格や免許を持ってるとか、居住地がはっきりしている人しか雇われなくなってくると、お金が出ていく一方になって、30代前半には路上で寝ることも増えていきました。
「パニック障害で仕事が長続きしませんでした」

高校卒業後、自衛隊に4年ほど在籍しました。その後一般的な職に就こうと上京しましたが、その当時ストレスがかかると、パニック障害による発作がしょっちゅう起こり、なかなか仕事が長続きしませんでした。 実家の農業も一度は継ぎましたが、原油高騰のあおりを受け、経営が行き詰まり、田舎にもいづらくなり路上生活となりました。
「家がなければ、まず施設に」
もともとは京都の北部の田舎の出身です。脳性マヒで、生まれつき左手に障害があるんですが、それで小さいころからいじめられたり、田舎であまりいい思いをしてなくて、学校を出た後、各地を転々としながら住み込みで働いていました。 一人で生活が苦しかったのもあって、アルコールに逃げることもありましたが、なんとか食べるには困らない仕事をしていました。しかし、10年ほど前に鳥取で派遣社員として働いていた時に、給料の未払いなどがあって雇用先ともめて大阪に出てきました。 「仕事を探そう」と思いハローワークに相談したら、「家がなければ、まず施設に」と言われて自分はホームレスなんだと自覚しました。
これらの声から見えてくるのは、複数の要因が重なることで、ホームレスに陥ってしまうことがあるという現実です。 仕事を失うと住まいも同時に失いやすい仕組み、病気や障害があると働き続けることの難しさ、家族や地域とのつながりが途切れたときに支えがなくなる社会――。 ホームレス問題の背景には、こうした社会の構造的な課題があります。





